2011年04月15日

4月8-10日医療支援隊レポート

先週末の報告です。

油井先生(整形)、藤木さん(看護師)、小西先生(PT)、安藤(健康運動指導士)で8日金曜の16時に新宿発。

22時半に北上町災害対策本部(にっこりサンパーク)到着。本部そばの野球場スタンドの軒下でテントを張り野営。河北ICから北上町災害対策本部までの道はカーナビ通りに行くと北上大橋経由を示す可能性があるが、北上大橋は津波で崩壊しているので注意。また災害復旧工事が至る所で行われており、迂回させられる事が多く、夜到着する場合は、容易にたどり着けない可能性大です。初めて行かれる先生方はご注意下さい。

9日土曜。北上町で医療コーディネートを担当している佐藤さん(保健師)と打ち合わせ。斉藤先生(内科精神科)と山内先生(石巻専修大学教員)が8時に合流し、小滝、大指、長観寺地区へ。事前にケアマネージャーから心配な高齢者の情報も得る。

避難所での大まかな流れは以下の通り。
藤木看護師や小西先生、安藤、山内先生で事前の問診を行い、内科と整形の振り分けや事前のバイタルなどを測る。斉藤先生が連れて来られた助手が、薬の処方を手伝う。ただ、現地避難所では内科疾患の患者が多く、斉藤先生の負担が大きかった。

以下特記事項。
小滝では、斉藤先生が継続的にフォローしている鬱病患者らを往診。

大指地区では、避難所に出て来れない、寝たきりの93歳男性の相談を家族から受け、往診に行った。この男性は2週間前に斉藤先生が診察し、低栄養、脱水でアリナミン輸液を行っていた

2週前は自力歩行で避難所までなんとか来れた状態だったが、3日前にマイスリーを服用して以来寝たきり。マイスリーを服用した経緯は不明。BP127/85。COPD・左肺不全でSpO2も80%台。肺炎、CO2ナルコーシスも考えられたため石巻赤十字に搬送した方が良いと家族に伝え、北上本部に伝えたところ、重傷患者でなければ救急車は呼べないとの事。実際、救急車を要請しても往復で2時間近く救急車の空白が発生することを考えると、家族に搬送してもらった方が良いと判断。ただ、家族だけで
状況説明不可能なので、藤木看護師と山内先生に同行してもらい日赤へ。長観寺の回診が終了してから一度全員で日赤に行き、状況を確認。結果的には入院。肺炎とHB5台。(O2,Co2などその他バイタル、処置は覚えてませんので油井先生のレポートを参照)

日赤から戻ったのは夜の11時前。斉藤先生は、9日のみだったので、そのまま帰京。油井、藤木、安藤、小西で前日と同じ場所で野営。朝晩の気温は5度前後。3シーズンシュラフではちょっと寒い。

10日は西岡先生が薬学部生のご子息を連れて合流。相川とはまぎくの避難所を廻る。また、前日の回診で薬をその場で処方できなかった方へ、本部近くの北中学校にある薬剤保管場所から薬を処方し、小滝、大指、長観寺地区へ薬を運ぶ。

●今週末入られる先生方へ引き継ぎ事項
現地は所々オフロードで、鋭利な瓦礫が出ているところもあり、車のパンクが発生し易い状況です。斉藤先生も2回目の時にパンクされたようです。

今週末は上家先生チームと伊藤先生チームが15日夜に現地入りされると思います。斉藤先生も今週末入られる事になったようですが、3チームバラバラで動くよりは、まとまって行動し、避難所で2列くらいで診療するなどした方がスムーズに診察できると思います。薬の処方が大変ですので、どなたかの先生には、診察より薬剤処方をしていただいた方がスムースにできるかと思いますので、先生方で調整をお願いいたします。また、1回目の支援隊に参加した島田ガイドが今日から16日まで北上町で炊き出しなどの支援活動を行っています。島田ガイドは、1回目に、増山先生や千島先生、斉藤先生らと共に医療支援活動もしたので、事情を良くわかっていらっしゃいます。島田ガイドと15日中に会って打ち合わせをしていただくと、よりスムースに本部との連携も行えると思います。

安藤隼人
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2011年04月11日

日下先生の簡単報告 4/8-10

日下先生の簡単報告

4月8から10日にかけて現地に行ってきました。日下です。
金曜は北上中学校避難所をたずね、結局土日は、石巻日赤の院内支援にまわり、救急外来をしてきました。いきさつはいろいろとありましたが、最後は石巻圏合同救護チームのgeneral managerが同期なので、直接連絡をとり、人員不足の部署、単発でヘルプ可能な部署、ということでそうなりました。チーム本部は日赤にありますが、そこでは石巻から気仙沼に及ぶ広域圏の把握されている避難所、医療施設の医療状況、支援医療チームの分配をしていました。

仙台、石巻とも、SAや幹線道路沿いの大きなスーパーには必要な物は食料品含めて売っています。コンビニも品薄ですが、食料品もおいています。北上中学校そばの店でも営業始めていました。避難所に行く前に現地で調達するなどして、なるべく被災地で消費するほうが経済効果があるので、すべてこちらで準備して現地で買い物をしない、ということはない方がよいと思われました。不意の余震で
断水や停電になると閉店したりはありますから、滞在日数分の必要物資を車載しておくことは必要ですが、とっておけるもの、帰りに現地に置いてこられるもの、は最後までとっておいて、なるべく現地で買い物するようにと思いました。

日下
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山の診療所 第三次支援隊、4月8日、出動します。

斉藤健太郎先生より

山の診療所 第三次支援隊、4月8日、出動します。

昨日の地震で高速が一部不通の情報もありますが、開通する事を願って出発します。
現地の景色と道路は毎週変わっています。最初の行程では釘を踏んでパンクをしてしまい、二度目の行きの途中で治しました。危うく、高速でバースト寸前でした。

被災地診療のワンポイントアドバイス。
復興の仕事で避難所の日中人口が減っている。徐々に燃料が入り、被災者自身の受診能力が上がっている。避難民や被災者は医療支援にすぐには受診に出てこない事もあり、アプローチには工夫が必要。出来れば、ケーシー位は来て、医師である安心感を出した方が良い。
医療支援は予想以上に体力を消耗します。なので、可能であれば復興支援に対してオープンしているホテル、旅館があり利用して十分に休養する事も重要。今日の治療薬は持参するべき(非常に有用)。車には所属の医療支援隊の名称等をはっきりと表示するべき。給油は福島で満タンにすれば行程上問題なし。現地スタッフは非常に疲労が蓄積しておりかなりの配慮が必要。継続的なフォローと医療継続のための紹介状等も作ってあげるとよい。薬袋を持参し、十分な服薬説明が大切。医師一人では診療は非常に困難、助手を確保する必要あり。なによりも真心が大切。
以上はごく簡単ですが、出発前に。
齊藤 健太郎
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2011年04月05日

日本登山医学会医療支援隊の活動報告。(齊藤健太郎)

日本登山医学会医療支援隊の活動報告。(速報版)

東京の恵比寿で『恵比寿 山の診療所』を開業している齊藤 健太郎と申します。
3月28日、4月2日、3日に石巻市北上町の十三浜地区を中心に医療支援活動を行ってきました。
自宅から前日に出発して前泊し、診療日夕方に現地を出て、自宅に深夜着の繰り返しです。すべて運転を自分で行い、平日は患者を調整して東京のクリニック等で診療を続けており、なかなか報告をする余裕がありませんでした。
遅くなり、申し訳ありません。詳細はまた報告するとして、まずは簡単に報告します。
4月8日金曜日の午後には、また出発する予定です。北上町は非常に被害が甚大であった地域ですが、追分温泉〜小滝地区までの主な避難所9か所で活動しています。

3月28日は05時に活動開始し、三浦Dの安藤さんと山岳ガイドの島田さんのサポートで小滝、大指の避難所と数件の民家の往診とで30人程に診察を行いました。主な疾患は高血圧、糖尿病、甲状腺疾患、統合失調症、感冒、花粉症、不眠、低栄養、片頭痛等です。
地域密着の草の根支援の様相で、会話や交流を通じて、被災者の心が和むのがよくわかりました。これは、流れの診察ではフォローに限界があり、しばらく週末ににわかかかりつけ医として通う事を決心しました。
血液検査が出来ないので、診察は病歴聴取、訴えの聴取、理学所見、尿検査等でその場で適切な処方や対応を考え、適宜、行っていきます。脱水傾向で食入りが悪い被災者には補液も行いました。薬物は北上中学の体育館から往診用に分類したものを持っていきます。
また、個人的にボックスティッシュの段ボールも東京から持参したものを直接、小指の避難所で渡してきました。現地を18時過ぎに出て自宅に着いたのは23時30でした。

4月2日はやはり5時に活動を開始し、連れて行った冒険仲間のボランティア助手男4名(薬剤師、証券マン、製薬会社勤務等)が自分と大橋先生に二人ずつついて診療活動しました。4人ともかなり奮闘していただきました。2ユニット編成で小滝、小指等の避難所と数件の民家で診療を行いました。5日前に診察した被災者のフォローもする事が出来ました。診療内容は前週と同じですが、大橋先生
には特にストマの対応と便置換術後の患者の診療をしていただきました。
また今回は物資をステーションワゴンに満載し持っていき、小滝、小指の避難所に渡してきました。(ボックスティッシュ、災害用ライト、充電器、ラジオ、お菓子の詰め合わせ、薬の袋、ポカリの段ボール、トイペ、ゴミ袋、薬の袋(大量)、歯磨きセット大量等等です。

4月3日は0530時に活動を開始し、相川〜追分温泉までの6か所の避難所を二手に分けて大橋先生と自分とで3人編成の2ユニットを作り診療をしました。4時半には終了し、帰途につきましたが、三陸道が支援車渋滞?で石巻から松島まで抜け道を進み、東京帰着は10時30分でした。

また後ほど、気がついた、支援隊行動のポイントや注意事項をメールしますが、とりあえず、診療に戻らなければならないので、速報はここまでとします。
日本登山医学会会員 齊藤 健太郎
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2011年03月31日

東北大震災医療支援隊その4

3/26(土)
 午前の巡回診療は小滝地区から始める。十三浜ではもっとも遠く海に飛び出し た突端にある。ここから小尾根を越えて回り込めば南三陸町となる。
 まず、脊髄小脳変性症+DMの患者さんのいるお宅を往診する。枝尾根の末端部あたりに立っているそのお宅からは両側に見える浜の港周辺施設・家屋は全て壊滅状態である。3艙あるうちの2艙を失った漁師の方は、家も加工場も翌日出荷の予定であったわかめやホタテを入れた倉庫もすべて失った、沖合にある養殖所も壊滅した、と語る。この家のような高台は無事だったが、この自宅待機状態の方には、電気水食料の配給が滞っている。とくに夜間の明かりに苦労されている。ビクトリノックス・ジャパン株式会社のペンライトはとても喜ばれた。
 小滝公民館の避難所で10名ほどの診察。ほとんどの方の正確な医療情報は得られない。「どこの病院にかかられていましたか」「あの、無くなってしまった志津川の病院です」その時点ではこの意味が理解できなかったのだが、とまれ、震災地の患者さんは家や家族を含めすべてを流されてしまい、自らの医療情報ももちろんそうである。どのような病気でどのような治療をしてきたかが、全くわか
らないまま被災者の治療が細々と行われている。病院もろともすべての情報が消えてしまう可能性のある災害医療においても、どこからでもアプローチ可能なPHR システム:どこでもMY病院システム http://gocce-duva.com/myh/ が必要だと痛感される。
 最後にもうひとつ往診。重度のRAの方である。南三陸町で夫婦もろとも流されぎりぎりで救出された。ご主人は油の浮いた海水を飲んで臥せっていたが、昨日吐血してお亡くなりになったという。膝や腰が痛くて動けない。数日前にもらった薬の中には、いままで服用していた最新のRA治療薬が含まれていない。対策本部にある薬剤だけでは足りないのである。緊急の消炎剤だけお渡しし再度来るこ
とを約束する。夜間用シート×1パックをお役にたててもらう。


14:00 相川の避難所(子育て支援センター)にて診察・物資供給
 10名程の診察を行う。今日はリーダーのS氏(66)が、熱を出して寝込んでいる。自宅が流されてから2週間。2月に完成したばかりで正式にはオープンしていない子育て支援センターと保育所を避難所として立ち上げ、当面の衣食住の対策を陣頭指揮してきた。3キロ先の山中から湧き水をパイプで引き、まきを集めて大釜に湯を沸かし、がれきの中からプロパンガスのボンベをかき集め、煮炊き
に供する。「浜に近い集会場は全て津波で流されました。ここがなかったらどうなっていたか、」と話すセンターで170名の被災民の一人として雑魚寝の生活である。
 自衛隊が入り、お風呂サービスが昨日から可能になった。食料はなんとか輸送されるようになったし、NTTがようやく衛星電話をセットしてくれた。我々のような医療チームも入ってくる。少し安堵してどっと疲れが出たのですよ、と保健師の阿部裕美さんが話す。急性期、亜急性期を経てそろそろ長期戦の体制に入る時期なのであろう。
 170名では狭い避難所スペース。低体温症対策やプライベート空間としてテントを提供。昨日のマットも。ペンライト約40ケ、ナイフ約10本。

16:00 大指の避難所(林業者生活改善センター)
 大指地区38軒のうち流されたのが13軒。残ったのが24軒。浜の港はカオスである。船は腹を見せ魚網は林に絡みつく。家はばらばらにされ車が丘に登る。地区の船はすべてやられた。漁協の建物も消えた。わかめ、ほたて、かき、収穫物だけではなく、沖の養殖場もぜんぶやられた。三陸すべてがやられた。
 これほどの力がやってきたにも拘わらず、行方不明者はたったの一人だけである。浜の人は、海が引き始めたとたんに皆逃げた。川沿い地区の人は堤防に登って津波を見物していた人もあるという。ある小学校では、下校時に当たり30人もの小学生が呑み込まれたという。
 ここには90名ほどの被災者がいる。10名程の診察を行う。
公民館に泊っているのは30人程度。残りは寒い自宅にいる。もっとも遠い避難所の一つであるので、NTTの衛星電話サイビスからも漏れている。電気水ガスはもちろんない。物資供給も十全ではない。物資の提供を行う。夜間用おむつシート×4パック、マスク500ヶ、ペンライト約40ケ、ナイフ約10本。ミネラルウォーター48 。テント6人用×1。自転車×1 シ-ト×2 カセットコンロ×2、ボンベ×12 ウェア×3 新品タオル×10など。

本日の安藤ミルク配達隊は、
・仙台市宮城野区 ヘルシーハット
・名取市役所社会福祉課子ども福祉係
・塩釜市役所対策本部総務課
・石巻赤十字病院
に、アレルギー用ミルク+アレルギー用食材、診療材料などを届けることができた。

 今晩はこのセンターの片隅をお借りして寝る。
posted by 事務局 at 18:54| Comment(0) | 支援

2011年03月18日

被災地における地域在住高齢者に向けた運動機能維持に関する提案

あべ整形外科リハビリテーション科理学療法士 下田 栄次
 
栄養状態や天候、物資が不足している状況を考えると、改めて運動をする状況ではないと思いますが、高齢者に関しては運動器疾患を抱えている方も多いかと思います。
安静や低活動の状況が続くと廃用性症候群や前述のエコノミークラス症候群を呈しやすくなると考えます。そこで、臥位のまま出来る簡単なストレッチと運動を提案したいと思います。

@ 腰の筋肉を伸ばす運動(10回ずつ)
[1] 仰向けの姿勢から、ゆっくりと両手で膝を抱える姿勢をとります。
[2] 次に膝を胸につけ、5秒間たったらはじめの姿勢に戻ります。
※ 両膝を抱きかかえるのが困難な場合は、片方ずつ行ってください。

A 腰と背中を伸ばす運動(10往復)
[1] 仰向けの姿勢から、上体の向きを変えずに、腰から下だけをひねります。
[2] 左右、交互にゆっくりと行ってください。

B 開眼片足立ち運動(左右1分間ずつ 1日3回)
[1] 転倒しないようにつかまるものがある場所で行ないます。
[2] 床に着かない程度に片足を上げます。
※ 支えが必要な方は両手や指をついて行ってください。

事務局の増山先生や他の医師の先生方の取り組みや活動状況を拝見しまして、感銘を受けるとともに日本登山医学会の会員として、医療従事者として、日本人として、私も何か被災地の方々の為に援助出来る事はないかと模索しています。

参考資料の詳細
シグマックスヘルスケア「腰痛大百科」
http://www.sigmax.co.jp/ippan/westache_encyclopedia/stretch.html
日本整形外科学会「ロコモパンフレット2010年度版」
http://www.joa.or.jp/jp/public/locomo/locomo_pamphlet.pdf
posted by 事務局 at 15:41| Comment(0) | 支援

2011年03月17日

支援申し入れ

本日3/17日、日本登山医学会あてに、アウトドア関連企業から、以下のようにお申し出がありました。
現時点では、日本登山医学会が医師を派遣しているわけではありませんが、これからはありうるかもしれません。それだけではなく、このようなお申し出を震災対策司令本部に結び付ける役割も果たせれば、と考えております。
ありがたくお受けしたい、とご返事いたいました。
お申し出いただいた企業様、本当にありがとうございます。

事務局 増山茂

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突然メールをお送りする失礼をお許し下さい。
日本モンブランクラブの知人より、日本登山医学会から低体温症対策のため被災地へ医師を派遣しておられると伺い、連絡申し上げます。

この度の災害で窮状にある方々のため、スイスアーミーナイフ(マルチツール)をはじめ、救済活動や避難所生活にお役立ていただけるものを提供できないかと考えております。

倉庫も計画停電などで稼動が不安定でもあり、数も限られてはいますが、効果的に必要なものを必要とされているところにお届けするためのルートを探しています。

日本登山医学会のスタッフのお役に立てるもの、また被災者のお役に立つものがあれば御提供申し上げたく存じます。
数量に限りはありますが、スイスアーミーナイフ、小型フラッシュライト、鞄、キッチンナイフなど在庫から御提供できます。
現在、本社から寝袋、テント、バックパックの支給を手配中ですので、それらも御用立て可能です。
お忙しいところ恐縮ですが、もしお役に立てるようでしたら御一報いただけますと幸甚です。
posted by 事務局 at 20:24| Comment(1) | 支援

2011年03月16日

放送予定

事務局より
NHK福島放送局が、本日3/16夕方18:45、被災者に呼びかける放送をする予定です。
昨日3/15、宮城県医師会の要請により検視の仕事で、被災地気仙沼に出かけられた仙台の千葉正道先生が電話でですがライブで登場し、低体温症などの医学的問題についてお話しする予定です。
福島の方々ぜひお聞きください。
posted by 事務局 at 17:44| Comment(0) | 支援