2012年03月03日

宮城県知事より感謝状をいただきました

日本登山医学会会員の皆様
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今週初め、宮城県より日本登山医学会宛の村井知事の感謝状および宮城県の復興に向けての宣言が送られてきました。
私たちが昨年被災地にて行ったことは、この地で今まで行われてきたこと、これからなされねばならぬことと比べれば大海の一滴にすぎませんが、それらに対し宮城県が逐一このようにご丁寧に対応なさることに感銘を受けました。

謹んで皆様に受領のご報告をいたします。

増山茂
日本登山医学会事務局
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2011年07月02日

NHKスペシャル震災医療

今夜9時からNHKで震災医療の特番があります。前日の学術集会でご発表いただいた石巻赤十字の石井医師らの活動記録となっています。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/110702.html
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2011年05月05日

金子宏 先生 連休中の報告

金子宏 先生 連休中の報告

 お忙しい中いろいろお世話をおかけしました。簡単ですが5/3・4の報告をいたします。

 5月3日 6:30 バスで仙台着
    8:00 レンタカーで仙台出発
    9:20 石巻日赤到着/2階本部で登録。
  *日勤8:00〜16:00、準夜16:00〜24:00とのこと。
  *コーディネイトを統括している新潟日赤のDrと話。
  北上地区の状況を聞くと、北上地区コディネーターと連絡をとってくれる。
  ★(佐藤さんは今日は休みで、別の責任者)現在北上地区には愛媛チームが
入り人員は足りているとのことです。
  ★石巻南東部の海岸地域の渡波(わたのは)地区にお願いします。

    10:20 石巻日赤出発
    11:00 渡波小学校到着
  *渡波地区コーディネイト統括の愛媛医大の森本先生と話。

  ★渡波小学校での診療(10:00〜12:30、13:00〜15:30)と4ヶ所の避難所
の巡回診療を5チームで担っています。人的には恵まれています。

    11:30小学校3階に腰痛患者の診察(61歳男性)
    13:30〜15:30 小学校1階診察室で外来担当/6名診察
   終了ミーティングの後
    16:00 渡波小学校出発
    16:45 石巻日赤着 報告後仙台に戻る

 5月4日 6:50 仙台出発
  8:30 渡波小学校着 開始ミーティング
9:30〜12:30 調布医師会チームに合流して巡回診療
   14:00〜15:00 調布医師会チームに合流して巡回診療
   15:30 終了ミーティング
   15:50 渡波小学校出発
   17:20 仙台着 新幹線で帰宅  以上です。
   
 増山先生からお話のあった、北上地区の状況把握と希望の聞き取りが出来ず石巻日赤からも離れ、渡波地区で2日間現地活動に参加させてもらうこととなりました。

 私の見た限りでは医療状況は充足していて、渡波地区でも人員配置などもスケジュール化されていました。また現地でのミーティングでは、地元開業医も次第に機能し始めているので患者さんを地域に帰す方向で進めていくことになるとの話でした。

 石巻周辺道路の大渋滞を心配していましたが、朝夕ともに1時間30分以内で移動可能で、3日夜は上品の郷での車中泊も考慮していましたが杞憂でした。同行した家人は渡波小学校の救援物資の衣料品の整理を手伝わせて貰いました。帰路、石巻海岸沿いの日本製紙の工場周辺は巨大な廃墟と化していました。
                     5月5日 金子 宏
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斎藤健太郎先生第5次医療支援隊 報告

斎藤健太郎先生第5次医療支援隊 

 診療が長引き、山の診療所、第5次医療支援隊として4月28日夜に東北に出
発し、仙台に午前2時に到着しました。今回は友人のO先生と看護師、薬局の方
に加え、友人に紹介された、台湾企業D電子のK日本社長他4名を同行し、早朝よ
り、北上町に入り、大指、小滝、月浜、長尾の4地区を回り、いつもの往診を行
いました。小滝と大指では社長を囲み、車座になり、かなり話も盛り上がってお
りました。現地の状況やニーズ、現場の声を沢山きけました。いつもと同じよう
に体育館で現場で処方出来なかった、薬を作り、午後6時過ぎに本部を後にしま
した。
 橋浦診療所の先生が体調を崩し入院してしまい、現地状況は更に悪化しており
ますが、愛媛県隊が派遣延長を検討しています。津波で被害を受けた橋浦診療所
再建と医師の人的サポートの可能性を、現地職員より悲鳴のような叫びも受けま
した。

 同日午後7時より、石巻市役所に向かい、亀山市長と紹介者のSさん、K社長他
デルタ電子社員、O先生、ひまわり薬局のKさん等と一時間弱、面談しました。か
なり、お話することが出来て、援助や予算の実情、仮設住宅問題、学校問題、設
備の問題、身の上話まで、実情を聞く事が出来ました。
 今後、D電子として、どのような設備を援助できるか、実務級に話を進める事
となりました。(現在、石巻市の仮設住宅復旧率は1.37%です。)また、K
社長の強力を得て、橋浦の診療所の再建、現地の医療レベルの向上のため、現地
職員と協議して、今後、出来る事を考えていく事となりました。現地の職員から
も、登山医学会等に対する人的サポートの可能性についてもお話を受けました。
今後、さらに、話が広がりそうな展開です。K社長もかなりの親日家で非常に熱
い、やさしいです。現地の状況も良く理解し、ポイントも素早く理解され、昨
日、本国台湾に戻り、会長に上申するようです。北上町の復興のために動ければ
と思います。

 個人的には、家に午前二時に到着し、翌朝〜21時まで診療と非常に過労な状態
となっており、つらくなっておりますが頑張ります。現地の只野先生も心労で倒
れてまいましたから・・・苦境にたつ、現地の人々は私たちの活動に非常に期待
し、切望しながら、現地で頑張っております。まだまだ、気丈に家族のご遺体を
毎日探し続けている方もいますが、現地の方も苦境の中、良く頑張っていると感
じました。本当に、登山医学会すべての方も含めて、少しずつでも、力を結集
し、被災地の方に草の根支援できればと切に願います。様々な方々にお声かけ、
さらによろしくお願い申し上げます。

齊藤 健太郎
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2011年05月03日

4月最終週 大江先生報告

4月最終週 大江先生報告

石巻赤十字病院支援報告  仙台社会保険病院外科 大江洋文
4月30日の準夜帯と、5月1日の日勤帯と今更ながらようやく診療応援に行ってきました。(1日は午前中でおいとましようと思って行ったのですが、あまりの忙しさに言い出せずに結局夕方まで働いてきました。)石巻市内は一次医療がほとんど破綻した状態のため、通常は重症急患と紹介患者しか診ていない石巻赤十字病院に患者さんが集中し、通常業務ができなくなっているということで、イ
エローゾーンを設けて一次救急や時間外診療は外部の支援チームにすべて任せている状況です。
とにかく大勢の患者さんが集まっていました。30日は日勤・準夜帯あわせて130名の患者さんが受診し、1日は日勤帯だけで98名の患者さんが来ていました。私は日赤応援チーム(今回は名古屋から)と九州厚生年金病院のチームに入って診療しましたが、特に今回は外科医が私一人だけだったので、震災の後片付けで怪我をした患者さんの診察・処置で重宝されました。最初は登山医学会に
報告できるようにどんな患者さんがいたかメモしたりしていましたが、患者さんが途切れることなく来院し、1日の日曜は最大の待ち時間で2時間、各自の専門に関係なくとにかく積みあがったカルテを言葉は悪いですがさばくのに専念したため、何人診察したのかも失念しました。昼食はカロリーメイトを2本口に入れただけでした。ほかの先生方も同様だったようです。
もともとは検診センターの建物を使っての診療のため、診察室は3つだけで、あとは電子カルテの端末のある机3つで面談のみで対応し、患者さんによっては経過観察用のストレッチャーの上で診察や処置をしました。医師だけではなく看護師さんも不足で、応援チームから日勤・準夜とも3名ずついらっしゃったのですが、患者さんの問診、検査の送り迎え、介助などをすると誰も診察スペースにい
ない状態になります。今回は東大小児科の先生がふらっといらっしゃってお手伝いしてくださっていましたが、今後応援される先生は、もちろん事前に連絡が望ましいのでしょうが、突然訪れても歓迎されることはあってもうるさがられることはないでしょう。現地に着いたら2階の本部に赴いて挨拶すれば即診療OK、すでに登録されているので登山医学会と名乗ればわかるはずで、医師免許や身分証
明書の確認など一切ありませんでした。とにかく人手が足りないの一言です。重症患者を診るいわゆるレッドゾーンの応援の外部スタッフや避難所を回るスタッフもいましたが、ある程度まとまって持続的に関与できるチームのほうが望ましいようで、状況については私はよくわかりませんでした。
詳細な要領については竜先生、上家先生、そのほかの先生方がまとめられた通りで、大変参考になりました。診療の時間は一応分けられていますが、飛入りでもたぶん歓迎されます。さらに専門的な対応が必要な際には、石巻日赤のその日の各科当番医が明示してあり、快く引き受けてくれます。今回も小児患者の入院や、レントゲンの読影で不安な際など大変お世話になりました。国道45号線を気仙沼方面に向かうと上品(じょうぼん)の里という道の駅があり、コンビニ、温泉や足湯も近くにあるため快適なベースになると思われ、実際キャンピングカーなどで車中泊している他県ナンバーの方がたくさんいて、屋根付きのスペースでテント泊も十分可能です。以上雑然とした報告です。
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2011年05月02日

4月最終週の動き

4月最終週の動きですが、
1.4/29(金:祝日)に、斎藤健太郎先生チームが、北上に入っています。石巻市にも寄ってきており、市長との面会も行ったとのことです。
2.大江先生が、4/30の夜+5/01の昼、石巻日赤の一次救急を担当されました。
このイエローゾーンの救急は、すべて外からのDr.で構成され、ちゃんとした医者がいればとても助かる、ということのようです。両先生の報告を待ちたいと思いますが、大切な情報をひとつ。

北上町に唯一あった診療所(水をかぶって休業中)の只野先生は、避難所診療や往診などを中心的に担ってこられましたが、働きすぎてお疲れだったのでしょう、調子が悪くなり入院することになってしまいました。実は、5月6日より診療所を再開する予定だったのですが、その直前の出来事でした。

これにより、北上の状況も大きく変わってくると思われます。詳細報告は斎藤先生を待ちたいと思います。
5/02 増山茂
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2011年04月25日

なぜ石巻の医療支援か 竜先生の報告

なぜ石巻の医療支援か、そしてどのような支援が必要なのか
     
竜 崇正(日本登山医学会会員・医療福祉ネットワーク千葉理事長)

石巻は北上川河口に面した旧市街と、北上町、雄勝町、女川町などを合わせた市であり、全国有数の漁港でもある。今回の大震災では、4月22日時点での死亡2698名、家族から届け出のあった行方不明者2770人、避難者1万4780名、住宅約2万8000棟全壊という、最も被害の大きかった地域である。実に被災死亡者13232人、行方不明者1万4550人の約2割を石巻市が占めている。

基幹病院は石巻日赤病院(402床、26診療科)と石巻市立病院(206床、14診療科)である。旧市内にあった石巻市立病院は港に立地していて被災して機能を消失し、旧市庁舎に仮設診療所をおいて再来の投薬のみ再開している状況である。地域医療を支える開業診療所は、旧石巻市内地区で内科13院が診療を再開したが、すべて日曜休診のほか、午前のみなど短時間診療が多い。9院がかかりつけの投薬のみの制限診療、他の診療科でも14院が診療、3院が制限診療を開始している。しかし旧市内以外の4地区のうち2地区ではそれぞれ3院が短時間ながら診療再開したが、他の2地区は避難所内での仮設診療所でという状況である。

北上地区は漁業を中心として生活する部落に分かれており、避難者数2600人が避難所に分散して生活をしている。災害対策本部のある北上中学校内に医師1名に愛媛県からのサポート医師で仮設診療所を維持しているのみである。このため、被災当初から日曜日に東京恵比須の山の診療所院長斎藤健太郎医師が、登山医学会医療支援チームとしてこの避難所を巡回診療して地域住民の健康維持にあたっ
ており、17日の午前に同行したが、地域被災住民から厚い信頼を得ている。

宮城県では2010年から大規模災害に備えて県内を6ブロックに分け、それぞれに知事から任命される医療コーデイネーターを置き、権限を持って行政、警察、自衛隊、消防、各医療組織との調整を行っている。気仙から石巻地区は、日赤の石井正医師が県内6番目の災害医療コーデイネーターとなって、調整にあたっている。避難所の救護所は、石井コーデイネーターの指示のもと、自治体や公的病院
グループからの組織的な派遣医師や看護師が中心となる石巻圏合同医療チームとしてカバーされている。石巻日赤の一次診療支援のため1週間交代で来ている他の地域の日赤病院や厚生年金病院の医療スタッフも、週1日程度避難所支援をしており、こちらの希望者も多いとのこと。眼科については別途、巡回診療体制が敷かれ、有効に機能している。こういった状況から避難所に関しての医療はほぼ
カバーされ、これ以上の診療支援の必要がないと思われる。

開業医を中心とする一般医療提供体制の崩壊と市立病院の機能停止により、本来重症患者のみ担当するはずの石巻日赤には、一次救急患者も殺到しており、特に休前日準夜帯と日曜休日は患者が倍増している。このため、二次救急以上の重症は院内の救急医が「レッドゾーン」で診療、一次は「イエローゾーン」として外部支援医師、支援看護師のみで診療する体制がとられている。

イエローゾーンは院内一次救急という「地味な」役割のため、全国からの支援医師は担当を希望せず、日赤本部チームとして全国の日赤病院から派遣された医師、看護師、および、厚生年金病院チームが専ら担当している。日赤チームは院内の会議室に折りたたみビーチベッドや屋外テントで1週間逗留、厚生年金チームは病院から片道1時間かかる大崎市の宿泊施設に1週間逗留、ということで、とくに深夜に近い準夜帯勤務は過酷になっている。

我々が土曜準夜および日曜日勤前半を手伝っただけでも大変感謝され、定期的な応援を期待されている。病院スタッフは自らも被災して大変疲れており、長期戦を想定しての診療体制を考えなければならない。そのような意味では、定期的な医師や看護師を派遣を派遣できるボランテイアグループが必要であり、我々の役割もそこにあると思われる。土曜準夜(17時〜24時)および日曜日勤前半(8時〜概
ね13時)の支援であれば、ボランテイアも日常勤務の傍ら、1泊2日でサポートできるので、長期にわたり継続できるのではと考える。当然のことながら、衣食住を自立できることが条件である。現状では被災のため近くに宿泊施設を確保できないので、当分の間車内かテントなどによる宿泊が必要である。

 皆様のご支援をお願いしたい。
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4月第4週報告 竜崇正

竜先生からの4月第4週報告です
先週に引き続き、石巻日赤支援活動報告です。

 今週末は、大江先生がご出馬の予定です。金子宏先生も5/3AM〜5/4PM可能であるとのことです。詰めましょう。

 竜先生によれば、石巻日赤は日本登山医学会の2週にわたる支援が行っており、面倒な手続きはいらないようです。土曜の4時半ころに日赤2階の本部に行って診療医師登録を届ればOKです。日本登山医学会は登録済です。後は現場に参加すればいいだけ、とのことです。下の報告参照。(事務局)


石巻日赤支援第4週報告
(石巻日赤一次診療 イエローゾーン 2010.4.23.17:00―24:00―4.24 8:00-13:00)
   竜 崇正

23日(雨)6:00千葉発 ― 9:00 安達太良SA ― 12:00 石巻日赤2階本部にて登録
北上地区巡回。14時頃だったためか、公民館などの避難所にほとんど人はいなかった。北上総合対策本部を訪れ、保健師さんへ折り紙など寄贈。もう必要物品はほとんどないようだ。
 北上地区では瓦礫は少しずつ片付けられ、新しい電柱がたてられ、電線をつなぐ工事が進行していた。北上川に沿っての左岸の道路は、北上手前でやはり左に迂回。
16:00 石巻日赤の2階本部で今回の診療医師登録をした。日本登山医学会ですでに予定が入っていた。
17:00 リーダーの大阪厚生年金病院の道田部長(消化器内視鏡)、日赤医療センターの木村医師(救急)と打ち合わせ。医師は私を含め、内科、小児科、整形、内科など6名、看護師7-8名、薬剤師3名おり、豊富だ。6人の患者を診察、尿閉と高熱の患者は腎盂腎炎を疑いレッドゾーンへ。その他
高血圧、風邪後のNSAIDS胃潰瘍、胃腸炎、前腕切創など6名を診察。5名が外来のみ。高血圧の患者は前回の相川避難所で私が指切創の治療中に居合わせた人であった。
夜になり大雨強風となり、20時頃大きな地震があったためか、それ以降患者が来なくなった。待ち患者もいなかったので、22時に早退を許可してもらい、道の駅へ。一人で道路情報センター裏の屋根の下で幕営。完全に風雨を防ぐことができ、快適であった。熟睡。

24日(快晴)
朝6時に起床。大勢のボランテイア、被災者?が車で寝ていた。併設されている温泉に入ろうとしたが、大混雑であきらめた。多分被災者であろう。今日は日赤医療センター、大阪厚生年金と私の医師5人に看護師7人、薬剤師2人の体制である。小児科2名、整形外科1名、内科1名、外科1名である。腹痛、高血圧、怪我などの通常一次診療が多かったが、不安で不眠となり、高血圧となった患者が数人来た。中には血圧が250を超えてい、私の医師人生で初めてのとんでもない高血圧患者が来た。緊急処置で170に下げたが不安が強く、石巻日赤精神科の先生に引き継いで何とか対応した。その方は被災後1か月の記憶がほとんどなく、自宅2階で生活可能ということで、雨漏りのする部屋で生活していたよ
うだが、余震でさらに恐怖心が増したようだ。そうでなくても不眠不安で高血圧を発症した患者も多かった楽しく診療できた。小児や妊娠中の患者など、診療に苦労する患者も多かったが、そのような患者には専門性のある院内の石巻日赤の先生も迅速に対応してくれ、本当に医の心が一つになっての医療体制の提供ができていると、驚き感激した。またこちらから指示すると、薬剤師さんがお薬手帳
を作ってくれ、薬剤師さんの重要性も再認識した。石巻日赤前の酒屋で、石巻の日本酒「日高児」と被災して凸凹になり10円で売っている缶ジュースを大量に買って、14時に石巻をでて、20時半に千葉に戻った。疲れたが有意義な2日間だった。

 おわりに
今回は、被災者の死か生かがはっきりしている大災害である。生き残った人は、体の治療は数日で不必要になり、家族や友人、家、財産などすべてを失った喪失感、恐怖、先の見えない絶望感による心の問題が大きくなる。さらに先の見えない地域復興への不安が追い打ちをかけている。医療支援は、避難所では病気予防と心のケアが重要となり、地域全体では、医療システムの崩壊による日常診療の
サポートが重要になっている。被災した市立や町立病院や私立病院の再建にはお金と時間がかかり、容易でないと思われる。また医療従事者の確保も容易ではないであろう。現場にそれぞれの医師が飛び込んでサポートし、その中で現場から何をすべきか提案することが重要だと
posted by 事務局 at 14:24| Comment(0) | 震災医療支援